東京地方裁判所 昭和38年(ワ)7212号 判決 1968年2月16日
第六〇三一号事件原告
第七二一二号事件被告 唐木三郎
右訴訟代理人弁護士 前田知克
右補助参加人 中央信用金庫
右代表者代表理事 小野孝行
右訴訟代理人弁護士 刀禰太治郎
同 網野久治
第六〇三一号事件被告
第七二一二号事件原告 田所一男
<ほか四名>
第六〇三一号事件被告 竹内梅次郎
以上六名訴訟代理人弁護士 立野輝二
主文
一(昭和三八年(ワ)第六〇三一号事件)
原告の請求をすべて棄却する。
二(昭和三八年(ワ)第七二一二号事件)
被告は
1 原告田所に対し別紙目録(一)、(二)の土地について
2 原告小島に対し同目録(四)の土地について
3 原告山本に対し同目録(五)(六)(八)の土地について
4 原告川田に対し同目録(七)の土地について
5 原告雄賀に対し同目録(三)の土地について
それぞれ昭和三四年四月二一日東京法務局大森出張所受付第一二五八四号地上権設定登記(昭和三八年五月二〇日同出張所受付第一五九六五号地上権移転付記登記)の各抹消登記手続をせよ。
三 訴訟費用は、両事件を通じ参加に因って生じたものを参加人の負担とし、その余を昭和三八年(ワ)第六〇三一号事件原告の負担とする。
事実
一 申立
(第六〇三一号事件)
1 原告
(一) 原告に対し
(1) 被告田所は別紙目録(二)の土地
(2) 被告小島は同目録(四)の土地
(3) 被告山本は同目録(五)、(六)、(八)の土地上のブロック塀および車庫を収去して右各土地
(4) 被告川田は同目録(七)の土地
(5) 被告雄賀は同目録(三)の土地上のブロック塀および物干場を収去して右各土地
(6) 被告竹内は同目録(一)の土地上に建築中の建物(木造二階建二棟五戸建延坪約六〇坪)を収去して右土地を、それぞれ明渡せ。
(二) 仮執行の宣言。
2 被告ら
主文同旨。
(第七二一二号事件)
1 原告ら
主文同旨。
2 被告
請求棄却
二 主張
(以下両事件を通じ第六〇三一号事件原告を原告、同事件被告を被告という。)
1 原告
(一) 別紙目録記載の各土地(本件土地)は、もと森某の所有であったが、同人からその管理を委ねられていた平林正三において津田太郎の承諾を得て登記簿上津田の所有名義とした。
(二) 補助参加人は昭和三四年四月一八日、株式会社丸栄商店に対し金一三〇〇万円を弁済方法同年一〇月末日金三〇〇万円、同年一一、一二月の各末日金五〇〇万円あて、利息日歩三銭五厘、毎月一八日限り一月分先払いのこと、元利金の支払いを一回でも怠ったときは期限の利益を失う、遅延損害金日歩六銭の約で貸渡し、右債権を担保するため本件土地について前記平林の承諾を得て抵当権設定契約および工作物所有の目的、存続期間の定めなく、地代なし、との約の地上権設定契約をし、同年四月二一日、東京法務局大森出張所受付第一二五八四号をもって地上権設定登記、第一二五八五号をもって抵当権設定登記をした。
(三) 原告は昭和三八年五月一八日、補助参加人から前記地上権を譲受け、同月二〇日受付第一五九六五号をもって移転の付記登記をした。
(四) 被告らはそれぞれ申立記載の各土地を占有(被告竹内、同山本、同雄賀は同記載の物件を所有し)している。
(五) よって、原告は地上権に基き被告らに対しそれぞれ申立掲記のとおりその占有する各土地を明渡すことを求める。
2 被告ら
(一) 原告の主張(一)は認める。
同(二)のうち主張の各登記のされていることは認めるが、主張の地上権設定契約がされたことは否認する。その余は不知。
同(三)のうち主張の登記のされていることは認めるが、その余は不知。
同(四)は認める。
(二) 仮りに本件地上権設定契約がされたとすれば、右地上権の設定は主張のとおり主張の債権担保のためであるところ、補助参加人は昭和三六年一月三一日、本件土地および共同担保たる他の土地について前記抵当権に基き競売申立をし、かつ昭和三八年二月二日、金一五二九万一八〇三円の代金交付を受けて主張の債権金額につき満足を得た。
したがって、本件地上権は右の競売申立ないし代金交付によって消滅した。
(三) 被告田所は昭和三七年七月三日、前記競売手続において本件土地を競落し、昭和三八年二月五日、所有権移転登記をした。
被告小島は本件(四)の土地を、同山本は本件(五)の土地を、同雄賀は本件(三)の土地を、それぞれ昭和三八年二月八日被告田所から買受け、同年二月一六日所有権移転登記をし、被告川田は本件(七)の土地を、同山本は本件(六)、(八)の土地を被告田所から、それぞれ同年六月一〇日買受け、同月一一日所有権移転登記をした。
(四) よって、被告田所、小島、山本、川田、雄賀は、原告に対し前記地上権設定登記、同移転の付記登記の抹消登記手続をすることを求める。
3 原告
(一) 被告らの主張(二)うち補助参加人が主張の日時、主張の競売申立をし、主張の額の代金交付を受けたことは認めるが、交付額のうち金九万六〇〇二円は手続費用であり、右交付によっても、債権額のうちなお金四一四万九八二〇円について弁済を得られなかった。
(二) 同(三)は認める。
三 証拠≪省略≫
理由
本件土地がもと森某の所有であったが、同人から管理を委ねられていた平林正三において津田太郎の承諾を得て登記簿上津田の所有名義としたものであること、本件土地につき補助参加人のために、昭和三四年四月二一日受付第一二五八四号をもって地上権設定登記および同日受付の次順位をもって、債務者株式会社丸栄商店、債権額金一三〇〇万円とするほか原告主張の内容の同月一八日付金銭消費貸借についての抵当権設定契約を原因とする抵当権設定登記がされていることは当事者間に争いがない。
右の争いのない事実と≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認定することができる。
本件土地は、もと一筆であって、昭和三一年に深沢義武他一名が競落によって所有権を取得したのであるが、深沢は競落代金を森から借受けていた関係から、その後前記のとおり森の所有とし、平林が管理して、税金対策上、津田の所有名義としていたものである。かかる経緯から、深沢は、昭和三三年、六月ころ平林の了解を得て、本件土地上にマーケットを建築し、収益をもって森の前記支出金を返済して本件土地を自己名義に戻そうと考え、自ら代表取締役となってミツワ企業株式会社を設立したが、当時本件土地は他に賃貸され地上に建物も存在していたので、先ず賃借人らから明渡しを得るための資金を調達する必要があった。ところが、昭和三四年四月ころ、株式会社丸栄商会の代表取締役である内田正が、たまたま深沢と知合うにいたって、ミツワ企業株式会社の事業に参画し、内田の知人である加藤清が補助参加人の理事長と親しかったことから、深沢、内田らは補助参加人から融資を受けることを加藤に依頼し、もっぱら同人が衝に当って補助参加人と交渉した結果、その融資を得られることとなった。かくて、加藤が補助参加人から関係書類を受取り、深沢が平林に対し右融資が得られたならば、森に金六〇〇万円を支払うとのことで平林の承諾を得、同人のもとで右書類に津田名義の所要の捺印を得、印鑑証明書を手交され、これらの書類によって、同月二一日、補助参加人との間に、債務者をかねて補助参加人と取引のあった株式会社丸栄商会とし、ミツワ企業株式会社らを連帯保証人とする原告主張の内容の金銭消費貸借契約および本件土地等についての抵当権設定契約に関する公正証書の作成嘱託がされ、かつ前記のとおり本件土地につき地上権設定登記および抵当権設定登記の申請手続がされたものである。
以上の事実を認定することができる。
≪証拠判断省略≫
そこで、本件地上権設定登記につき、その登記原因とされている原告主張のとおりの内容の地上権設定の合意が存したか否かについて判断する。
本件地上権設定登記が通常のものとは異なり、補助参加人の前記債権を担保する目的でされたものであることは原告においても自認するところである。
右の目的および補助参加人が信用金庫であること、本件土地は前記認定のとおりミツワ企業株式会社が使用することとなっていた事実に徴すれば、補助参加人において、本件土地を地上権に基き自ら使用し、あるいは前記債務につき未だ履行遅滞を生じていない場合に地上権を第三者に譲渡して使用させる意図を有していないことは明らかである。また、補助参加人が債務者もしくは本件土地の第三取得者から債権全額の弁済を得れば、少くともこの場合においては地上権設定登記は抹消されるべきものであることは、債権担保の目的である以上、いうまでもない。
しかしながら、右のほか、本件地上権設定登記に関する補助参加人の意思は必らずしも一見、明白であるとはいえない。
すなわち、証人加藤清の証言によると本件地上権設定登記に関しては、加藤が補助参加人の担当職員から「貸出の方針としているので物件を保全するために地上権設定登記をしてもらいたい。」とのみ告げられて、「地上権設定の目的 工作物所有のため。契約期間 期限の定めなし。地代 なし。」との記載のある地上権設定登記申請の委任状用紙を交付され、前記認定のとおり津田名義の捺印を得て、これによって本件地上権設定登記がされたものであることが認められるに止まるのであって、本件すべての証拠によっても、右設定登記に関して補助参加人から他に特段の指示説明がされ、これについて交渉、合意等がされた事実はまったく認められない。
したがって、例えば、履行遅滞後には地上権を他に売却して代金を債権に充当できるか、抵当権を実行した場合にはどうか等、枢要というべき両者の関係については補助参加人において言及した形跡がいささかも存しないのである。
のみならず、補助参加人の担当職員は加藤に対し地上権設定登記を抵当権設定登記よりも先順位とすることをも告げているとは認められない。
また、前記地上権設定登記申請委任状の記載は、前記のとおり工作物についての種類を限定していなく、存続期間の定めがなく、「地代なし。」というのであり、かつ、これらについて後日の協定に委ねる約があるわけでもない。また、定めのない存続期間については法律上、いずれ設定当時の事情を斟酌して決定されるべきものとしても、設定の経緯が前記認定のごとくであってみれば、斟酌されるべき具体的事情も格別存在しなかったというほかはない。したがって、およそ前記委任状の記載をもって他日、現実に第三者が当該地上権に基いて本件土地を使用することを予測したうえでの記載であると解することは困難であるというべきである。
しかも、仮りに原告主張のとおりの地上権設定契約が存し、抵当権の実行にも拘らず他に譲渡できるものとすれば、右のような地上権の存在することは、これによってかえって抵当物件の競落価額を低下させるのが通常であるから、補助参加人が、当初から、一方では抵当権を実行し、他方ではなお地上権設定登記を維持するという、いわば矛盾するともいうべき態度をとる意図であると解される余地も一般にはないものといわざるをえない。
(ちなみに、≪証拠省略≫によると本件競売手続における評価に際しては、本件地上権設定登記は斟酌されていない。)
かようにみてくると、補助参加人の真意がたとえどのようなものであったにせよ、客観的には前記委任状用紙の交付によっても、口頭をもっても、加藤らに対し原告主張の内容の地上権設定についての申込みがされたものとは解するには足りないものというべきである。むしろ、右地上権設定登記は、前記認定のごとく補助参加人の担当職員が加藤に説明したとおり抵当物件を保全するためのもの、すなわち、抵当権の実行にいたるまでの間に第三者が本件土地に利用権を取得することを事実上防ぎ、もって担保価値を維持するための単なる便法であって、前記委任状用紙等の交付によっては、かかるものとしての登記を申請するについての承諾が求められているに過ぎないものと解するのが相当である。
してみれば、前記委任状用紙に津田名義の捺印がされ補助参加人に手交されても、原告主張の地上権設定の合意が成立したものということはできなく、本件地上権設定登記は登記原因を欠くものとして無効といわなければならない。
したがって、原告の被告らに対する請求は、その余の主張について判断するまでもなく失当である。
また、被告田所、小島、山本、川田、雄賀が本件土地のうち主張の各土地について主張の日時、所有権を取得し、その登記を経由していることおよび原告が本件地上権設定登記について主張の日時、移転の付記登記を経由していることは当事者間に争いがないから、右各土地についてそれぞれ原告に対し右地上権設定登記について抹消登記手続をすることを求める右各被告らの請求はいずれも正当である。
よって、訴訟費用の負担について民訴八九条、九四条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 内藤正久)
<以下省略>